2015年7月26日日曜日

未病記3

新型うつなんだろうか。自分に責任感がないなと思う。他者責任にしてしまうことが多い。
それでも苦しい。だから終わらせたい。だけど終わらせることが出来ない。
評価は下がる一方。自分を責めるが何も変わらない。本来の責任は他人にあると思っているから(? それもわからない)。
この繰り返し。
はっきりさせたい。
まともな人間になれなくてごめんなさい。
一日一度はこういう感情の波がやって来る。

2015年7月24日金曜日

雑記

7/22(水)父と食事する。
叱られる。それはそうだ。このままだとまた、同じことをくり返すと言われる。
僕もそんな気がしている。
自分の叶わなかった夢を、諦めて生きていかなきゃいけない のだろうけど、悔いが残る。
(まだ僕は、本屋になれなかったことを引きずっているんだと思う。あれだけ全力で頑張ったことはないから、悔しいんだ。)

父からは、業界に拘らず探した方がいいとアドバイスを受ける。
特に実績もないし、職種は総務なんかどうだと。
大きなグループ会社がいい。それは人事がおかしなことできないからということ。
身を守って、自分を大事にしていきていかなければならない。
どうしても父には怖い思いをしたり、反発を覚えることがあるのだけど、だからって口答え出来るほど自分がちゃんとできているかと言えばそうでない。
ただ、父の生き方と僕の求める幸せは随分離れたところにあるように思う。

失業手当90日と告げたら意外と短いと言われる。「長い目で」やらなくてはならないと、見てくれたということなのかな。父なりのやさしさ。
それに甘えずに生きていかなくちゃいけないんだけど。

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いま、僕は就職のことを考えると、正直、胸が痛くなる。多分緊張して何も話せなくなる。重たく胸が詰まって否定的思考が巡り始める。
無価値観に襲われ急ブレーキを踏む。
 僕が、価値ある人々と一緒に仕事して、ついていけんの? と。

本心では、バイトとか、簡単な形で、また自分の裁量で仕事をできる経験をして復帰したいと思っている。
前の仕事は全部、上司の都合によっていて、いつのまにか仕事のスケジュールを立てることを忘れてしまった。
自分の意志では何にもできなくなってしまったんじゃないかと、恐れている。
こういうことをいままで誰にも話せなかった。ましてや文章にもしていなかった。それが胸の奥に溜まり続けることは、相当自分を毒していたんだな。
辛かったよ。

素直に明るく過ごせたあの頃に帰りたいと、最近毎日思う。
自分の力で、明るい未来を作っていける自信が、今の自分、今の行動には、まったくないのだった。
何か楽しいことできるかな?
積み重ねたい。
埼玉に来てからの僕は山が救いだ。登り続けよう。
そして同好の人が見つかると、なお、いいんだがなあ。
自信を持って案内出来るように、ぼくも生業を見つけて、仕事に趣味に励みたい。

僕にとって、明るい未来とは、自己価値観を取り戻して、何の気後れもなく、仕事と趣味と人付き合いを楽しむことらしい。
自分で自分を認められるようになって、自らの選択を受け止めて、普通に生きて死ねるようになりたいんだ。

2015年7月21日火曜日

未病記2

「ツレがうつになりまして。」のDVDを借りている。
これまで4回観なおした。 今週末には返却する。

書籍もよかったのだけど、映画はより、すばらしかった。
堺正人と宮崎あおいどちらもばつぐん、演出も良かったと思う。骨董品店で出会う硝子瓶の話が心にしみた。
この作品が大切に思える理由、それは なにより、うつになったツレへの無条件の愛を、生身の人間が表現しているからだ。
現実に望んでもそうはいかなかったりするだけに、すっかり入り込んで幸せを感じてしまったりする。
さらに、なんと、何度でも繰り返し再生して目にすることが出来る。映画のDVDってすばらしい。

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うつや不安障害の当事者は、ありのままの自分が世の中に受入れられないと感じ、自己肯定感が極度に低い状態になっている。ちょっと触れば割れる。
だから「社会に帰ること」は即ち「自分を180度変えて他の立派な人たちのようになる為に頑張る」ことだと自動的に思ってしまう。もう二度と壊れないように、この壊れている自分を壊しなおして生まれかわることを想像する。
息するだけでもものすごい緊張感です。
そんな感じで5年くらい生きてきた気がする。

自分を変えなければ社会で生きていけない。
それは他人の叱責を受けて改善することだったのか。罰を受けないようにおそるおそる生きるに至らしめることなのか。
それとも、のびのび生きる為の方法を自分で探すことなのか。

会社の研修で「嫌われる勇気」を読まされたことを思い出す。
アルフレッド・アドラー心理学の概説書だけれども、アドラー心理学は自己啓発の源流と言われるだけあり、究極の自己責任論だった。
トラウマ(原因論)を否定し、目的論(何するための事象が起こっている)を打ち立てる。
「あなた自身が」目的を変えて行動を変えれば、傷ついた心や屈折した劣等感を克服できるとのこと。
まごうことなき正論だけど、ひとりでそれが出来れば苦労してないよ。
そして、自ら進んで読むならともかく、ストレッサーになりえる会社が読ませるのって、これ以上ない責任放棄の表明だよなと思い、絶望的な気分になった。

プライドが高い、完璧主義、など、直されるのが望ましいとされる悪い部分がたくさんある性格、だけど誰も望んでなったわけではないでしょう。
強くない人間は、社会には居られないのでしょうか。
長いこと不完全なままではいけないんでしょうか。
それを知っているだれかが隣にいてくれることを、望んでしまってはいけないのでしょうか。

僕は昔幸せだったことがある。恵まれていた。
ただ、その温かさを思い出したい。
今の僕だったら ただそこにいることを守りたいし、守って欲しい。
状況があってはじめて、人は変わっていくのだと思う。
無知だったし不運もあった。
そろそろ幸運がやってきてくれまいか。
自分が素直になってくれまいか。

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今社会に戻っても何も良い事はないって思う程、世の中から離れてしまったと思う。
ただ一緒に話をしたいだけなのに、何かそれも許してもらえなさそうな気がして怖い。
実現可能な目標を持てない。
今はそんな感じだ。

ある意味、この試練が手遅れになる前に来てくれたことがありがたい。
時間は迫っているけど まだまだかけないと怖かったりもする。

2015年7月17日金曜日

未病記

2010年10月、勤めていた写真館を辞めたあと、近隣の精神科に行った。
お金がなかったから、通う程でなく、たった2回の通院となったけれど、今思えば勇気出して頑張った。
ちょうど世の中に一人取り残された感じで、寂しいけれど、反発心ばかりがあって、誰にも頼れなかった。
病気に頼ろうと思った。鬱病とでも診断されれば、家族や大切な人に心配してもらえるって。
頑張らなくてもいいって。

医師からは「青春の悩み」と言われた。つまり病気との診断ではない。
カウンセリングを受けた臨床心理士からは、「認知の歪み」が酷い状態になっていると告げられた。
病気ではないけれど、生きていくのに支障があるだろうとのこと。
実際当時は、論理的な考え方が一切出来ないことに自分でも気づいていた。感情の暴走を止められなかった。

だから正直もっと通いたかった。正常な人間になりたかった。
だけど1回8000円は、なにも稼げない僕には不可能だった。
このことは、家族に話したっけか。

 ひとまず働かなくてはならないと、バイトを探した。
たまたま縁があり書店を長くやらせてもらうことができた。仲間とも一定の信頼感を築けて、うまくまわりはじめたと思っていた。
だけど根底の部分は、たぶん何も変わっていなかった。
誰か他人に認められなくては、社会で行きていけないと思っていた。

2013年良い年齢になってきてこれからのことを考える。正社員になれるのか当時の店長に相談してみる。
名目としては学歴不足、上に推薦するには難しいと言われた。
信頼していた店長に通告されたショックは大きかった。
一応だめなりにやってきたという自信さえ崩れ去った。
このとき僕は、どこかで今の自分を放棄して、「社会人」に生まれ変わらないといけないと思った。
僕が去ったあと、店長はオーバーワークで肺炎になってしまったと聞いた。申し訳ないという気持ちと、認めてもらえなかった恨みが交差した。

2014年2015年結局ふたつの仕事を辞めた。在職中心療内科に一度行った。薬は出せるけど出さないでがんばることもできる、とのことで、僕はがんばってみようと後者を選んだ。正解だったかはわからない。
様々な要因があったけど、 どちらも同じことなのだ。
針路と自信を失ったまま捨て鉢に生きたことで他人に迷惑をかけたんだ。
無理は続かない。


たぶん一番辛いのは母だと思う。
僕にはこういうとき、母しか頼れる人が居ない。連絡する。
だから申し訳ない気持ちになってしまう。
どこかへいかなくっちゃと思うのだ。家族の見ていないところで、元気にならなくちゃと。


2010年10月 あのとき、素直に実家に帰らせてくださいと言えれば、こんなにこじらせることはなかったんじゃないか。
 後悔がある。
この先、どうすればいいかさえ、今の自分はわからなくなってしまった。
そんなとき、どうすればいいんだろう?
ただ息をして、霞を喰って生きていられるわけでもない。
まだ捨てなきゃならない荷物がある感覚だ。
どうすれば生きていていい人間になれるか。償わなくちゃならないことが山ほどある。

それと同じく、自分を大切にしなきゃ生きていけないことを痛い程知った。
だけど、「大切にしたい自分」の形が、未だ見えない。
どれだけ、自分自身を無視して時間を送って来たのだろう。
いま闇雲にやっていることにOKを出せないでいる。